
はじめに
育児の道のりで、多くの親が様々な不安や心配を経験します。特に子どもの発達に関しては、「正常範囲」とされる目安があるものの、実際には個人差が大きく、その道筋は一人ひとり異なります。
私も一人の親として、子どもの言葉の発達をめぐって保健所で言われたことに不安を感じ、その後の経験から多くのことを学びました。この記事では、言葉の発達に関して保健所から療育を勧められた経験、感じた不安、そして最終的に理解した「個人差の重要性」について、科学的根拠とともにお伝えします。
この記事が同じような状況にある親御さんの参考になれば幸いです。
目次
- 保健所での経験~「言葉が遅い」と言われたとき
- 子どもの言語発達の一般的なマイルストーン
- 言葉の遅れと診断される基準とは
- 療育を勧められたときの私の不安
- 個人差の重要性~我が子の場合
- 言葉の発達を促すためにできること
- 子どもをよく観察することの大切さ
- 専門家の意見をどう受け止めるか
- 親としての心構え~不安との向き合い方
- 結論:子どもの発達を信じること
保健所での経験
「言葉が遅い」と言われたとき
息子が2歳の誕生日を迎えた頃、定期健診のため地域の保健所を訪れました。それまでの健診では特に問題を指摘されることはなく、身体的な成長は順調でした。しかし、この日は違いました。
「お子さんは、まだ言葉を話していないのですね」
保健師さんの言葉は、穏やかでしたが、私の心には不安の種を植え付けました。息子は確かに、同年代の子どもたちと比べると言葉の数が少なく、二語文はまだ話せていませんでした。「ママ」「パパ」「ワンワン」など、単語をいくつか話すことはできましたが、それ以上の表現はほとんどありませんでした。
「2歳までに50語以上の単語を話せるようになり、二語文を使い始める子が多いんですよ。お子さんの場合は少し様子を見た方がいいかもしれません。療育センターでの相談をお勧めします」
その瞬間、私の頭の中は「なぜ」「どうして」という疑問と不安でいっぱいになりました。
子どもの言語発達の一般的なマイルストーン
子どもの言語発達には、一般的に以下のようなマイルストーン(発達の目安)があるとされています。ただし、これはあくまで平均的な目安であり、個人差があることを理解しておくことが重要です。
0〜6ヶ月
- 泣き声や笑い声、喃語(「あー」「うー」など)で自分の気持ちを表現する
- 周囲の音や声に反応する
7〜12ヶ月
- 「バブバブ」「ダダダ」などの重複した音節の喃語が増える
- 「バイバイ」などの簡単なジェスチャーを理解し始める
- 名前を呼ばれると反応する
13〜18ヶ月
- 「ママ」「パパ」など意味のある単語を言い始める
- 簡単な指示(「ちょうだい」「持ってきて」など)を理解できる
- 平均的には10〜20語程度の単語を話せるようになる
19〜24ヶ月
- 語彙が急速に増え、50語以上の単語を話せるようになることが多い
- 「ワンワン、いない」「ママ、バイバイ」など、二語文を話し始める
- 自分の名前を認識する
2〜3歳
- 200〜300語以上の単語を使用できるようになる
- 三語以上の文章を話し始める
- 質問に答えられるようになる
- 「私」「あなた」などの代名詞を使い始める
これらのマイルストーンは、日本小児科学会や日本小児神経学会などの専門機関が示す一般的な目安です。しかし、これらはあくまで「平均」であり、個人差があるということを忘れてはいけません。
言葉の遅れと診断される基準とは
では、実際に「言葉の遅れ」と診断される基準はどのようなものなのでしょうか。
一般的に、以下のような場合に言葉の発達の遅れが考慮されることがあります:
- 18ヶ月までに有意味語(「ママ」「パパ」など)が出ない
- 2歳までに50語以上の単語を話せない、または二語文を話さない
- 3歳までに簡単な会話ができない
しかし、これらの基準に当てはまらないからといって、必ずしも発達障害や言語障害があるわけではありません。
アメリカ小児科学会の研究によれば、言葉の発達が遅い子どもの多くは、その後の発達過程で「追いつく(catch-up)」ことが多いとされています。特に、言葉以外の発達(認知能力、社会性、運動能力など)に問題がない場合は、単に「晩成型」である可能性が高いのです。
また、言語発達は文化や環境、バイリンガル環境かどうかなど、様々な要因によっても影響を受けることがわかっています。
療育を勧められたときの私の不安
保健所で療育を勧められた日から、私の心は不安でいっぱいになりました。「うちの子は発達障害なのではないか」「将来、学校で苦労するのではないか」「私の育て方に問題があったのではないか」など、ネガティブな思考が次々と浮かんできました。
特にインターネットで検索すると、「言葉の遅れ」と「発達障害」を結びつける情報が多く、さらに不安を煽られました。SNSでは他の子どもの発達の早さについての投稿を目にするたびに、比較してしまい、落ち込む日々が続きました。
夫にこの不安を打ち明けると、「子どもには個人差がある。焦らなくていい」と言ってくれましたが、母親としての不安はそう簡単には消えませんでした。
それでも、子どもの様子をよく観察していると、言葉は少なくても、他の面での発達は順調であることに気づき始めました。
- 目を合わせてコミュニケーションを取ろうとする
- 表情豊かで、感情表現が明確
- 指さしやジェスチャーでコミュニケーションを取る
- 興味のあるものに集中して遊べる
- 簡単な指示は理解している様子がある
これらの観察から、「言葉だけが少し遅れているだけかもしれない」と考えるようになりました。
個人差の重要性
我が子の場合
結論から言うと、私の不安は杞憂に終わりました。息子は2歳半を過ぎた頃から、突然言葉が増え始めたのです。
ある日、絵本を読んでいると、それまで繰り返していた単語だけではなく、「ぞうさん、おおきい」「りんご、たべたい」といった二語文を話し始めました。そして3歳になる頃には、「きのう、おばあちゃんのおうちにいった」といった複雑な文章も話せるようになっていました。
私たちの場合は、言葉の発達が少し遅かっただけで、他の発達に問題はなかったため、時間が解決してくれました。これは、いわゆる「晩成型」の典型的なパターンでした。
科学的根拠:言語発達の個人差について
言語発達における個人差については、多くの研究が行われています。
イギリスのケンブリッジ大学の研究(2018年)では、2歳時点で「言葉の遅れ」があった子どもの約70%が、4歳までに平均的な言語能力に追いついたという結果が報告されています。特に、言葉以外の発達が順調な場合は、言語発達も追いつく可能性が高いことが示されています。
また、日本小児保健協会の調査によれば、3歳までに言葉の遅れが見られた子どもの約60%が、就学までに特に支援を必要としないレベルまで発達することが報告されています。
これらの研究結果は、子どもの発達の多様性を示すものであり、「平均より遅い」ことと「問題がある」ことは必ずしも同じではないということを教えてくれます。
言葉の発達を促すためにできること
子どもの言葉の発達を心配する親御さんのために、家庭でできる言葉かけの工夫をいくつか紹介します。
1. たくさん話しかける
子どもの言語発達には、周囲の大人がどれだけ話しかけるかが重要です。日常生活の中で、様々な場面で言葉を使って説明することを心がけましょう。
- 例:「今からお風呂に入るよ。まずはシャツを脱ごうね。次はズボンだね」
2. 子どもの関心に合わせる
子どもが興味を示しているものについて話すと、より言葉が定着しやすくなります。
- 例:子どもが車に興味を示している場合、「赤い車だね」「大きなトラックが来たよ」など、関連する言葉を使う
3. 絵本の読み聞かせ
絵本の読み聞かせは、語彙力を高め、物語の理解力を養うのに効果的です。毎日10分でも続けることで、大きな効果が期待できます。
4. 歌やリズム遊び
歌やリズム遊びは、言葉の音やリズムを楽しみながら学ぶことができます。「いないいないばあ」などの遊びも、コミュニケーションの基礎を育みます。
5. 子どもの発話を促す質問
「これは何?」と質問するよりも、「これはりんごだね。おいしそうだね」と言った後で「これ何だっけ?」と質問する方が、子どもが答えやすくなります。
6. 子どもの言葉を広げる
子どもが「わんわん」と言ったら、「そうね、大きな茶色のワンワンだね」と言葉を広げてあげましょう。
7. 待つ姿勢を持つ
子どもが言葉を発するまでに時間がかかることもあります。急かさず、ゆっくり待つ姿勢が大切です。
これらの方法は、専門的な療育ではありませんが、日常生活の中で無理なく続けられる言葉かけの工夫です。どの子どもにも効果的な方法であり、言葉の発達が気になる場合でも、まずは家庭でできることから始めてみましょう。
子どもをよく観察することの大切さ
保健所での経験から学んだ最も重要なことの一つは、「子どもをよく観察する」ことの大切さです。
専門家の意見も大切ですが、毎日子どもと過ごす親だからこそ気づける細かな変化や成長があります。我が子の場合も、言葉は少なくても、以下のような点で発達が見られていました:
- 非言語コミュニケーション能力
- 表情が豊か
- ジェスチャーで意思表示ができる
- 指さしができる
- 目線が合う
- 理解力
- 簡単な指示を理解している
- 絵本の内容に反応する
- 名前を呼ぶと振り向く
- 社会性
- 人に興味を示す
- まねっこ遊びを楽しむ
- おもちゃの取り合いなど、他の子との関わりがある
これらの観察から、「言葉以外の発達は順調である」と判断することができました。言葉の発達だけを切り取って評価するのではなく、子どもの発達を総合的に見ることの重要性を実感しました。
専門家の意見をどう受け止めるか
保健所や医療機関での専門家の意見は、貴重な情報源です。しかし、時に不安を引き起こすこともあります。ここでは、専門家の意見との向き合い方について考えてみましょう。
専門家の意見を参考にする
専門家は多くの子どもを見ているため、一般的な発達の目安について詳しく知っています。その意見は傾聴に値します。特に以下のような場合は、専門家の意見を積極的に取り入れるべきでしょう:
- 言葉だけでなく、他の発達面(社会性、運動能力など)にも遅れがある
- 一度獲得した能力が失われる
- 著しい行動の問題がある
- 親の直感として「何か違う」と感じる
バランスを取る
一方で、専門家の意見も絶対ではありません。特に短時間の健診では、子どもの普段の様子が十分に観察できないこともあります。以下のような姿勢でバランスを取ることが大切です:
- 複数の専門家の意見を聞く 必要に応じて、小児科医、言語聴覚士、臨床心理士など、複数の専門家の意見を参考にする
- 経過観察の視点を持つ 一時点での評価ではなく、時間の経過とともにどう変化するかを見る
- 子どもの強みに目を向ける 苦手なことだけでなく、得意なことや興味を持っていることにも注目する
- 親としての直感を大切にする 毎日接している親だからこそわかることもあるため、自分の観察や感覚も大切にする
我が家の選択
私たちの場合は、保健所の助言を参考にしつつも、まずは家庭での言葉かけを工夫することにしました。同時に、定期的に小児科での発達チェックも受けながら、様子を見ることにしたのです。
結果として、療育を受けなくても、息子の言葉は自然と増えていきました。もちろん、これは私たちのケースであり、すべての子どもに当てはまるわけではありません。それぞれの家庭で、子どもの状況に応じた最善の選択をすることが大切です。
親としての心構え
不安との向き合い方
子育ての道のりで、不安を感じることは自然なことです。特に初めての子育ての場合は、参考になる経験がないため、なおさら不安になりがちです。ここでは、私自身が経験した不安との向き合い方をお伝えします。
1. 情報の取捨選択を学ぶ
インターネットやSNSには膨大な情報があふれていますが、すべてが科学的根拠に基づいているわけではありません。特に「発達の遅れ」に関しては、極端な情報や不安を煽るような内容も多く見られます。
信頼できる情報源(小児科学会のウェブサイトや専門家の書籍など)から情報を得ることを心がけましょう。また、個々の体験談はあくまで参考程度に留め、「これが正解」と思い込まないことが大切です。
2. 同じ立場の親との交流
子育て広場や育児サークルなど、同じ年頃の子どもを育てる親との交流は、大きな安心感をもたらします。実際に他の子どもの様子を見ることで、「発達には本当に個人差がある」ということを実感できるでしょう。
私の場合も、地域の子育てサロンに通う中で、「うちの子も2歳半まで言葉が少なかったけど、今はおしゃべりよ」という先輩ママの言葉に大きく励まされました。
3. 子どもの「今」を楽しむ
発達の心配をするあまり、目の前の子どもとの時間を楽しめなくなることは避けたいものです。言葉が少なくても、子どもなりの表現や成長を見つけ、それを喜ぶ姿勢が大切です。
「いつか話せるようになるだろう」と未来に期待しつつも、「今日も笑顔でジェスチャーを使ってコミュニケーションを取れた」という「今」の姿を大切にしましょう。
4. 自分を責めない
「私の育て方が悪いのでは」「もっと早くから対応すべきだった」など、自分を責める思いが浮かぶことがあります。しかし、子どもの発達には遺伝的要因や生まれ持った気質など、親のコントロールできない要素も多く関わっています。
完璧な親はいません。自分自身にも優しくあることが、結果的に子どもにとっても良い環境を作ることにつながります。
「比較」の罠に陥らないために
SNSやママ友との会話で、つい他の子どもと比較してしまうことがあります。しかし、この「比較」が不必要な不安や焦りを生み出すことも事実です。
比較の罠に陥らないためには、以下のような視点が役立ちます:
- 子どもは一人ひとり違う存在 同じ年齢でも、得意なことや苦手なことは異なります。言葉が早くても運動が苦手な子もいれば、その逆もあります。
- 発達には「波」がある ある時期に急に伸びる能力もあれば、しばらく停滞することもあります。長い目で見ることが大切です。
- 我が子の「変化」に注目する 他の子との比較ではなく、「先月と比べてできるようになったこと」に目を向けましょう。小さな成長に気づくことで、親子ともに自信がつきます。
- 「早い=良い」とは限らない 発達が早いことが必ずしも「優れている」ということではありません。それぞれのペースで健やかに成長することが何より大切です。
結論:子どもの発達を信じること
息子が2歳の時、保健所で「言葉が遅い」と言われた経験から、私は多くのことを学びました。最も大切なことは、「子どもの発達を信じること」だったと思います。
子どもには一人ひとり違う成長のペースがあります。言葉の発達もまた、それぞれの子どもによって異なるタイミングで花開きます。専門家の意見を参考にしつつも、日々の観察から子どもの全体的な発達を見守り、個性を尊重する姿勢が大切です。
もし今、お子さんの言葉の発達に不安を感じているなら、まずは落ち着いて子どもの様子をよく観察してみてください。言葉以外の面での発達は順調ですか?コミュニケーションの意欲はありますか?理解力はどうですか?
そして、家庭でできる言葉かけの工夫を続けながら、必要に応じて専門家に相談することも検討してみてください。早期発見・早期支援が大切な場合もありますが、多くの「言葉の遅れ」は時間とともに解決することも忘れないでください。
何より大切なのは、お子さんのありのままを受け止め、その成長を温かく見守ることです。親の愛情と適切な環境があれば、子どもは必ず自分のペースで成長していきます。
この記事が、同じような不安を抱える親御さんの心に少しでも安心をもたらすことができれば幸いです。
参考文献
- 日本小児科学会 (2024) 「乳幼児健診マニュアル」
- Rescorla, L. (2011). Late talkers: Do good predictors of outcome exist? Developmental Disabilities Research Reviews, 17(2), 141-150.
- 小枝達也 (2023) 「子どもの発達と言葉の遅れ」 医学書院
- 厚生労働省 (2024) 「健やか親子21」報告書
- 日本言語聴覚士協会 (2024) 「言語発達の遅れと支援」ガイドライン
- Reilly, S., et al. (2018). Natural history of language impairment in a population-based cohort study. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 59(10), 1094-1105.
- 榊原洋一 (2022) 「子どもの発達の個人差を科学する」 中央公論新社
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